大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和32年(オ)128号 判決 1958年7月01日

上告人 国際バイヤー指定ホテル株式会社大丸別荘 外一名

被上告人 福岡県知事

補助参加人 武石源太郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人三原道也の上告理由について。

温泉法が温泉掘さくを知事の許可にかからせた趣旨は、温泉源を保護しその利用の適正化を図るという公益的見地から出たものであつて、既存の温泉井所有者の既得の利益を直接保護する趣旨から出たものでないことは明らかである。同法第四条は、「都道府県知事は、温泉のゆう出量、温度若しくは成分に影響を及ぼし、その他公益を害する虞があると認めるときの外は、前条第一項の許可を与えなければならない。」といつているが、ゆう出量の減少、温度の低下若しくは成分の変化は、いずれも、「公益を害する虞がある」場合の例示と解すべきものであり、「公益を害する虞がある」場合とは、ひつきよう、温泉源を保護しその利用の適正化を図るという見地からとくに必要があると認められる場合を指すものと解すべきである。すなわち、同条は、この見地からとくに必要と認められる場合以外は掘さくの許可を拒み得ないとの趣旨を定めたものと解すべきである。従つて、同条は、新規の掘さくが、物理的意味において、いやしくも、少しでも、既存の温泉井に影響を及ぼす限り、絶対に掘さくを許可してはならない、との趣旨を定めたものと解すべきではない。しかも、温泉源を保護しその利用の適正化を図る見地から許可を拒む必要があるかどうかの判断は、主として、専門技術的な判断を基礎とする行政庁の裁量により決定さるべきことがらであつて、裁判所が行政庁の判断を違法視し得るのは、その判断が行政庁に任された裁量権の限界を超える場合に限るものと解すべきである。これを本件についてみるに、原判決の認定するところによれば、補助参加人の新規温泉の掘さくがなされる前と後とにおいて、上告人等の既存の温泉井の温泉成分に変化があつた事実は認められず、その温度・ゆう出量については軽微な変化は認められるとしても、参加人の新規掘さくがその主たる原因とは断定できず、しかも、この変化は、ポンプ座の位置を低下させることにより容易に既存の温泉井の利用、経営に支障を来たさない程度に補い得る程度のものであるというのである。かような事実関係の下においては、補助参加人の新規掘さくを拒むべきでないとした被上告人の判断が、その技術的判断を基礎とする裁量権の限界を超えるものとして違法し得るものでないことは明らかであり、所論は、ひつきよう、原審の認めない事実を前提とするものであるか、若しくは、裁量権の限界に関し上記と異なる独自の見解を主張するに帰し、採用の限りでない。

上告代理人三原道也、同菅野虎雄の上告理由について。

第一点について。

温泉法第三条第二項が、温泉掘さくの許可申請者が「掘さくに必要な土地を掘さくのために使用する権利」を有することを許可の要件とした趣旨は、私法上の土地利用関係に関する紛争が延いて許可処分の内容の円滑な実現を妨げ、温泉利用の適正化の見地から有害な事態を惹起することがあり得ることにかんがみ、土地利用関係が当事者間で調整ずみであることを条件として許可を与うべきものとしたに過ぎず、行政庁としては、私法上の権利関係の内容を問題としなければならない必然的な理由は存在しないわけであるから、同項にいう「掘さくに必要な土地を掘さくのために使用する権利」は、民法上の使用貸借であつても差支ないものと解すべきである。

所論は採用の限りでない。

第二点、第三点について。仮に所論のような事実があつたとしても、原審の認定する事実関係の下では、技術的判断を基礎とする行政庁の裁量権の行使がその限界を越えるものとは解されず、所論は、採用の限りでない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 河村又介 島保 垂水克己)

上告人代理人三原道也の上告理由

原判決は著しい法令の違背があるものであつて、その違背は判決に影響を及ぼすことが明かなものである。よつて之を破毀せらるべきものと思量する。

温泉法は、地中から湧出する温水(他は省略)を保護しその利用の適正を図り、具体的には、既存の温泉が都道府県知事の許可を得て温泉業者(又は他の者)の施設を通じて終局的には公共の福祉に帰与している限りは之を保護せんとするものであることは明かであると信ずる。知事の許可の性質が、土地所有権に対する制限を除去せんとするものに過ぎないものであるとしても、新しい温泉掘さくの許可は、新しい掘さくが、既存の温泉の湧出量温度若しくは成分に影響を及ぼし、その他公益を害すると認める虞があると認めるときは、新掘さく許可申請に対しては、知事は不許可処分を為さねばならないものであり、又一旦右許可を与えた後でも前記事由があるときは、知事はその許可を取り消し又はその許可を受けた者に対して公益上必要な措置を命ぜねばならないものである。(温泉法第一条、第二条、第三条、第四条、第六条第十二条)

原判決の認むるところでは、原審被控訴人補助参加人武石源太郎が知事の許可を得て福岡県筑紫郡二日市町(現在は町村合併にて「筑紫野町」となつた)大字武蔵字湯町四百三十四番地宅地内に温泉掘さくを為した以後に於て、上告人その他の者の所有する温泉は影響を受け、湧出量の減少及び水位の低下を来たし、上告人大丸別荘の白鳥の湯の泉源及び上告人筑紫産業の博多湯の泉源から湯を汲みあげていた各ポンプ座の位置を、前者は昭和二十八年十一月頃、後者は昭和二十九年二月頃、従前よりも之を深いところに下げて据付け且つモーターの馬力を強めて辛うじて湧出量を補うに至つたものである。

温度については、原判決は、九州大学及び福岡県筑紫保健所等の測定したところを基として、温度の著しい低下はないとしているが、現に、井筒巌の堺湯(公衆浴場)に於てはそのまま浴用に供することが出来ない程度に温度が降下し遂に昭和二十九年十二月以降はボイラーにて温泉を加熱していることが証人の証言及び検証の結果明瞭であり、又上告人大丸別荘白鳥の湯の温泉も温度が低下した為め、上告人大丸別荘に於ては他の温泉井からの温泉を之に混入して温度と湧出量とを辛うじて補充して使用し、そのため従前使用していた家族湯の使用を廃止しなければならなくなつたことも証人三沢最太(原審第二回)の証言によつても明認されなければならない。

九州大学及び福岡県筑紫保健所等の温度測定は、その夫々の日に於て、必ずしも測定の場所、方法及び時刻を同一にして為されたものではなく、又天候、雨量、気圧等(之等も当然に温度に影響を及ぼすものである)の考慮も為されて居らず、これ等の条件によつては数度の差がその測定の際に生ずることがあるべきことは極めて明かであるので、前記不十分なる測定の結果を以つてしては、未だ以つて温泉の温度の降下がなかつたとすることは妥当な認定とは言い難い。

成分については、原判決は、原審被控訴人補助参加人(武石源太郎)の温泉掘さくにより上告人等の温泉の「成分」に変動を生じた事実に至つてはこれを認めるに足る証拠は全くない旨述べているが、上告人等の温泉については従前成分の分析を受けた事実がなかつたので補助参加人の掘さく後の成分の変動の立証の資料が無かつたのに過ぎなかつたものであつて、成分の変動が客観的に皆無であつたと云うべきではない。寧ろ、原審証人松下久道同松浦新之助等の証言に徴しても汲み上げの増加によつて温泉に地下水の混入が著しいことが認められるので、成分については当然甚しい変動があつたことが推認せらるべきである。

元来、本件の二日市温泉は各温泉井の底部にある泉源が互に水路(岩石の割れ目等)によつて連絡し結局において同一原泉をなして居り、且つ既に老衰期にあるものであつて、(第一審の松浦新之助及び松下久道の証言)、従前の汲み上げ温泉量丈で最早極度に達し、湧出温水に地下水が混入して汲み上げられている状態であるところ原審補助参加人武石源太郎が、従前の温泉井(北部地区で泉量も少く温度も甚だ低いところ)の代りに、湧出量が比較的豊富(原審認定)と見られる南部地区の本件の箇所に新に掘さくしたことは、原判決が認める如く、少くとも、上告人等の温泉の温度低下、湧出量減について、他の温泉井と共同の原因を為しているばかりでなく主なる原因を為しているものと謂わねばならない。

仮に、原判決が云うが如く、共同の原因となつたものとしても、武石源太郎の新掘さくが新にその既存共同原因に加わつたことによつて理論上も亦事実上も、当然に前記温度低下湧出量減少を更に加えたものであるから、新掘さくは到底許すべからざりしもでなければならない。

早く許可を得たという一事によつては既設温泉の所有者の利益は保護されるに足らない旨原判決は云うが、公共の福祉のための温泉の保護と云うことは既設温泉を尊重育成することによつて之を為すより外はないことは当然の理論であつて、新掘さくによつて温泉の共倒れとなつては、温泉の保護は到底あり得ないものである。

本件二日市温泉地区に於て多くの温泉が接近掘さくによつて共倒れとなつたことはまことに数多く(証人山田彦太郎その他の証言によつて明白)、必ずや、武石源太郎の新掘さくによつての影響は、少くとも徐々に、上告人その他の温泉に及ぶべく、又将来及ぶ虞が頗る多い。

その為め上告人等は温泉利用の新企画の如きをも之を中止せねばならなかつたものである。

原審補助参加人武石源太郎(当時の二日市町長)の掘さく許可申請について開かれた福岡県温泉審議会に於て委員たる九州大学教授松浦新之助、同松下久道等の専門家が許可反対の投票を為したことは二日市温泉保護の真意に出でたものであつて、まことに注目すべきものである。右掘さくの許可は情義に堕した政治的処置であつたものである。

要するに、原判決は、条理及び実験則に反して証拠の取捨を為し、事実の認定を誤り且つ温泉法に違反したものと謂わねばならない。 以上

上告人代理人三原道也、同菅野虎雄の上告理由

第一点 原判決は行政庁の法規裁量を逸脱せるを看過せる違法ありと信じます。

原判決は理由末尾に於て「控訴人等は補助参加人は温泉掘さくを許可された二日市町四百三十四番地宅地四十八坪の所有権を有しないから土地所有権者でない者になされた本件掘さくの許可は違法であると主張するけれども温泉法第三条第二項は云々と規定しその土地の所有権者でなくてもその土地に使用権を有する者であればこれに対し温泉掘さくの許可をなし得ることを認めているところ云々補助参加人は本件温泉井の存する何々を温泉の掘さく及び利用の為に使用する権利をその土地所有者松原寅之助との契約により取得していることを認め得るから云々違法となることはない」と判示して居ます。

然れども補助参助人武石源太郎が本件温泉井掘さぐ地に有する使用権とは現在は「使用貸借関係にある」とは補助参加人に於て其旨陳述したりと原判決に於て挙示する処にして使用貸借が使用権ありとするも是れ最も薄弱なる権利なることは民法使用貸借の規定中所々にあらわれ居り殊に民法第五九六条にて準用する第五五一条は貸与者には殆んど義務なき規定であり借主死亡すれば消滅し全く恩恵に過ぎざるものであり温泉井掘さくには数十万円を要する施設と其権利の価値とに余りにも懸隔あるを思わしめます。

かるが故に補助参加人武石源太郎は他の十八名の者と共に許可を得たるは自己の所有地四百八十三番地なりしが時を経て同地に温泉湧出の自信なく僅かに使用権ありと云い得るため松原寅之助と使用貸借を締結したるものでありますが原判決に於ても「原泉について独占権を保有する慣習法が成立している地方においては温泉に関する権利は土地所有権より分離せられて温泉利用権ともいうべき一種特別の慣習法上の物権をなすものであるけれども本件温泉の存する二日市町地方においてはかような地方的慣習法の成立していることを認めるに足るべき証拠は全くない」と判示する通りにして斯くの如く温泉の権利は土地所有者に帰属するものを所有者以外の者に温泉掘さくを許可するは温泉法に所謂使用する権利なるものを拡張し過ぎたる違法ありと信じます。

第二点 原判決は審理不尽判断遣脱の違法ありと信じます。

原判決に於て引用する第一審判決中上告人(原告)の主張事実として云々「殊に二日市温泉は濫掘の弊があつた為昭和二十六年十二月二十五日二日市温泉組合において協議会を開催した結果温泉ゆう出を目的とするさく井を当時既に掘さく許可の申請を提出しおる者及び既に掘さくを始めていた者等合計十八名に対してのみ認め爾後は既設の湯口より六十間を距てなければ認めない旨申合せその旨被告に交渉したところ被告に於てもその意向を入れて右十八名に対してのみ掘さくの許可をなしたのであつてその際補助参助人が掘さくの許可を受けた場所は前記許可のあつた場所より約百間を距てた地点であつたしかるに補助参加人はその後更に前記のとおり被告に対し掘さく許可の申請をなしこれと相前後して許可申請をなした佐藤清外七名に対しては前記組合の申合せがあつた為その申請が却下せられたに拘らず補助参加人に対してのみ前記の許可がなされたものである」と挙示せる処これは昭和二十九年三月十三日付原告代理人提出の補充申立書に基くものにして佐藤清外七名の掘さく許可申請の場所は何れも上告人両名所有の温泉井近くであり其区域のみが高温を有する温泉を湧出する場所であります。

依て多数の者が同一場所に掘さくを申請し補助参加人武石源太郎も自己所有地四百八十二番地に許可を受け居りながら同区域に所有地を有せざるに拘らず松原寅之助の土地を使用貸借により借用し掘さく許可を申請したのであります、其却下を受けたる者は全部土地所有者にして其内には武石源太郎に貸与したる松原寅之助も居ます。

此被上告人の処置は人を主眼とし場所を考慮に入れざる不衡平の裁量なるを以て其不当を攻撃せるものなるに原判決も第一審判決も何等此点に付触れざるは審理不尽判断遣脱のそしりを免かれませぬ。

第三点 原判決は採証上の法則に違背せるものと信じます。

原判決は要するに補助参加人武石源太郎の本件温泉井掘さくにより上告人等の温泉に其温度の点湧出量の点にて現在までの処悪影響を及ぼし居らず幾分の影響あり居るとするも軽微に過ぎず鑑定人松山基範の鑑定は将来如何の鑑定なるため措信、に値いせずと云うのであります。

然れども行政庁が温泉井掘さくを許可するや否やは将来の如何を裁量して決定すべく現在の如何は一の参考資料に過ぎませぬ。

被上告人に於て八名の者に不許可を与えたる理由として(甲八号証斉藤義夫分は其一例)「既設温泉の湧出量温度若くは成分に影響を及ぼす虞あると認められるため」とし将来其虞れがあるため不許可として居るのであります。

八人までが同一歩調に不許可としながら独り武石源太郎分のみが其虞れなしとは何を根拠として然か云い得ますか隔りなき同一区域であります。

これを原判決は現在の事実のみを捉え将来の想像に立脚する証拠は価値なしとするは採証上の法則に違背する瑕疵ありと信じます。

以上の理由により原判決は破毀せらるべきものと思料します。

以上

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